【本文】
2003年12月XX日
欧州復興開発銀行
総裁 Jean Lemierre 殿
国際協力銀行
総裁 篠沢 恭助 殿
サハリンII石油・天然ガス開発事業 第2期工事への融資に関して
現在、貴行におかれましては、サハリンII石油・天然ガス開発事業(以下、サハ
リンII)への融資検討のための環境審査が行われていると聞いております。私ど もは、現時点での事業主体者サハリンエナジー・インベストメント社(以下、
SEIC)の環境・社会配慮は不十分であると認識しており、9月下旬のSEICと日本関係者との会合の結果等も踏まえ、現状での問題について改めて意見書としてまとめさせていただいた次第です。
本来、事業の環境・社会配慮や保護対策の策定は、 事業の経済的・財政的側面と同等の位置付けでもって、十分な情報公開のもと、 早い段階から様々なステークホルダーとの協議の上行っていくべきものです。そ
れにも関わらず、サハリンIIでは、その配慮や対策が後回しとなっており、急速 に事業を進行する一方、遅々として必要な情報の公開やステークホルダーとの協議、保護対策の策定が進んでいません。
また、これまでのSEICとのやり取りから、SEICの体質そのものに疑問を抱かざる
を得ません。データの改ざんではないかと疑われる環境アセスメント報告書への不適切な記述への言い訳、進まない不十分な生態系全体への環境社会影響調査に
ついての補足説明、約束にも関わらず、日本市民が提出した協議への要望や事業への要望への未回答、追加情報の未公開、会合で話し合った事項を正確な記録と
して残すための録音の許可の拒否などSEICの対応は、十分信頼を失するに値しま す(詳細は下記「懸念とSEICの対応」参照)。現在のSEICは、公的資金を使って融
資をすべき対象として適切だとは思えません。また、絶滅危惧にある野生生物、 そして水産資源への壊滅的な打撃とそれによる市民生活への影響など今後取り返
しのつかない深刻な自然・社会環境への影響を引き起こす可能性が大いに危惧されます。
その責任は事業者だけに課せられるものではなく、事業を支援する融資機関にお
いても同様であると考えます。現在の不十分な環境社会配慮のまま、事業の環境 審査を終了し融資を決定することのないようにお願い致します。また融資機関と
して、適切なプロセスに基づく環境・社会配慮対策の策定と実行の確保にご尽力 いただきますようお願い致します。
● 専門家間会合の形式
SEICは、2003年9月の会合でオオワシ及び油流出対応計画に関し、SEICの専
門家と日本の幾人かの専門家を交えた会合を開催することを提案しています。しかし、この会合の枠組みや位置付けは明確になっていません。私どもは、この会
合が以下のような形式で行われることを提案します。
・ 全体会の下に部会を設け、部会では個別の種や事項に関しEIAの評価、 影響の緩和策の検討などの協議
を行う。全体会や部会は透明でアカウンタブルな プロセスで進める。
・ 部会は必要に応じ追加の調査を依頼できる。また事業者は、関係する全 ての資料やデータを部会に対し
て公開する。
・ 部会での協議結果を全体会に持ち寄り、多角的なEIA評価や影響の緩和策の検討などを行う。
合意に至った事項については確実に事業に反映する。
・ 部会は、オオワシ、油流出対応だけでなく、他の種類の動植物などにつ いても幅広く設定し、協議する。
・ 全体会は定期的、継続的に開催。部会も継続的に開催し、開催回数など は部会裁量によるものとする。
・ 参加専門家は、ステークホルダー間の合意に基づいて決定する。また専門家はいわゆる学識経験者だけ
ではなく、漁業関係者など関連知識や経験を有する人物も参加すること。
・ 全体会には、オブザーバーとして各融資機関、日露両政府、NGOが参加する。他のオブザーバー参加は
自由。
● 日本での公開協議と情報の公開
SEICは2003年9月下旬「説明会」と称する会合を札幌と東京で開催しました
が、これは一部の行政関係者、NGO、市民団体のみが参加するものでした。今後 は、関心を持つ市民が、幅広く参加可能な形式の公開協議会を開催することを提案します。
また、情報の公開に関しては、油流出対応計画や野生生物の保護対策などの重 要な部分は、日本に関係が深いことからも、日本語に翻訳されるよう提案します。
懸念とSEICの対応
水産資源に関して
これまでも掘削汚泥の投棄や油流出事故などによる水産資源への影響について、
問題提起をしてきました。これらについてのSEICの対応は現在においても不十分 なままです。例えば、1999年、サハリン北東部で起きたニシンの大量死の原因に
ついては、NGOとSEICの分析結果が大きく食い違っています。この相違について、 徹底した検証や調査を行わず、結局本当の原因はうやむやになり、漁業従事者の
懸念は拭えないままです。
また、第2期工事ではプリゴロドノエでの原油輸出ターミナルなどの建設に伴い、
海底の浚渫土砂をアニワ湾に投棄するという計画があります。アニワ湾は様々な 種類のサケやオオズワイガニなどの貴重な産卵海域となっており、さらに大変浅
い海域であるため、漁業関係者からは投棄に反対の声が上がっています。これに ついては、投棄場所を東に移動するという代替案も出されているようですが、
2003年9月の説明会では、具体的な投棄場所、投棄方法などは示されず、その影 響は依然として懸念されます。さらに、魚の生育に欠かすことのできないプラン
クトンなどの微生物も含めた海洋生態系への事業による影響についても説明はな く、長期的に漁業に及ぼされる影響について予測できません。今後適切なモニタ
リングを行うためにも、第2期工事の着工前に日本の漁業専門家等も参加し、現 状の基礎調査を含めた継続的な調査を行う必要があると考えます。
油流出対応に関して
また、SEICは現在第2期工事の油流出対応計画(OSRP)のレビューおよび策定作
業を行っています。この油流出対応計画(OSRP)の完成は、2006年の第2期事業 操業の6ヶ月前だと聞いています。油流出対応の十分な計画も策定されないまま
に、公的機関からの融資のもと事業のみが先行して進むことには大きな疑問を持 たずにはいられません。また、工事着工直前に策定予定の計画や計画に基づいた
準備体制が、万全なものであるという保障はなく、万が一計画に不十分な点があっ た場合、操業6ヶ月前という限られた時間の中で、協議や修正を行う時間が取れるのかも不明です。
さらに、日本政府を通じた融資を出すのであれば、まず日露政府間での油流出
事故に対する協力体制を構築していただきたいと考えます。例えば、全てのタン カーの航行ルートを海上保安庁に明示し、事故発生時に速やかに対応できるよう
配慮するべきです。さらに、日・露間で事故発生時の油防活動・除用資機材の運 搬等について具体的な取り決めの存在も融資の前提にすべきです。この種の協定
が存在しない限り、海上の国境付近で事故が発生した場合、防除活動の行いよう がないなどの数多くの問題が発生することになります。現状のように基本的な国
際的枠組みが不完全な状態で、事業に対して追加の融資を行うのはあまりにも問 題が多すぎます。油流出事故によって水産資源や自然環境に取り返しのつかない
影響を及ぼすような事態を避けるために、融資機関としても最大限に配慮するべ きであると考えます。
オオワシなどの野生生物に関して
国際的に懸念の声が上げられているニシコククジラ やオオワシを含め、サハ
リン北東部にはカラフトアオアシシギやハマシギの固有亜種などの鳥類、イトウなどの魚類他、多様な生物が生息しています。しかし開発計画および緩和策の基
礎となるべき環境影響評価(EIA)の信憑性は、極めて低いと言わざるを得ません。 (社)北海道野生生物保護公社とモスクワ州立大学のオオワシ共同調査
により確 認されたチャイボ湾とピリトゥン湾でのオオワシの生息つがい数と、SEICの環境 影響評価(EIA) に記載されているつがい数の記述に、大きな差異が確認されまし
た。EIA記載数が5つがいのチャイボ湾で、今年15つがいのオオワシが繁殖行動 を行い、他にも多くの幼鳥や亜成長の生息が確認されています。4年間の共同調
査から推定される生息つがい数は、チャイボ湾でEIAの約6倍、ピルトゥン湾で 約3倍です。これに対しSEICは、EIAの記載数がパイプラン敷設により影響を受
ける数のみであること、またベースライン調査により確認された巣のうち、利用 されていた数の記載であると説明しています。しかしこれらの記載は、EIAの
「基礎環境」「現存環境」に関する部分の記載であり、SEICの説明は明らかに不 合理です。世界的に注目されている希少種オオワシでさえ正確に実態や影響が
記述されていないのが現状です。
さらに、(社)北海道野生生物保護公社がSEICに提出した、EIAの元データや調
査方法などに関する情報の開示の要望についての回答は得られていません。代 わりに、SEICはオオワシについて、専門家同士の個別会合を設定することを申し
出ていますが、出された要望や疑問に十分な回答もしないままに、そのような会合を設定するという一方的な姿勢には大きな疑問を感じざるを得ません。また、自然環境や野生生物への影響は、オオワシへの影響のみでなく、より幅広く総合
的に配慮される必要があります。
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