サンロケ多目的ダムプロジェクト
概要と現在の問題点(2002年6月版)

San Roque Multipurpose Project

フィリピン:サンロケ多目的プロジェクト

●プロジェクトの概要と日本の関わり

 フィリピンのルソン島北部を流れるアグノ川で、アジアでも最大級の規模を誇る巨大ダム「サンロケ多目的ダム」の建設が進んでいる。ダムの主要な目的には345MWの水力発電が掲げられており、鉱山採掘や輸出農業、輸出工業、観光業等の経済開発を推進しようとするフィリピンの国家最優先プロジェクトとなっている。水力発電のほかには、下流に広がるパンガシナン平野87,000haの灌漑、また洪水の制御等の役割が期待されている。

  ◆名称:サンロケ多目的ダムプロジェクト

  ◆場所:ルソン島パンガシナン州アグノ川上流

  ◆目的:水力発電、灌漑、洪水対策、水質改善

  ◆ダム規模:発電容量345MW、貯水量8億5千万m3

          高さ190m、堰堤長1.1km、ロックフィル式ダム

 ◆事業者:サンロケパワー社 (出資は丸紅、サイス・エナジー、関西電力)

 ◆総事業費:11.91億ドル(約1200億円)


     (地図)フィリピン

 プロジェクトを実施するサンロケパワー社(SRPC)は、総合商社の丸紅(出資比率42.45%)、アメリカのサイスエナジー社(50.05%)、そして関西電力(7.5%)が共同出資してつくった現地法人である。25年間 にわたって発電事業をおこない、一定量の電力をフィリピンの国営企業であるフィリピン電力公社(NPC) に卸し売りする(電力購買契約)。

 事業費の大半は、特殊法人である国際協力銀行(当時の日本輸出入銀行)からの融資で賄われており、1998年10月には同プロジェクトの発電部門に民間金融機関との協調融資 で約5億ドルの融資が行われた。その後、調査が不十分であったことが判明し、融資は一時凍結されたが、1999年9月にはダム部門への4億ドルの追加融資が決定された。これまでに工事全体の9割が終了している。

                                  (図)お金の流れ

これまでの経緯(略年表)

年月日

事項

1974頃〜

当時マルコス政権

サンロケダムの建設計画を模索

1983.3.

 中曽根政権

ODAによる資金拠出を検討

1983.7.

国際協力事業団(JICA

サンロケダムの実行可能性調査について追加調査(水文分野)を開始(85年に最終報告書を提出)

1984.3.および8.

国会

サンロケダムに関する中曽根−マルコス疑惑を追及

1984.4.

中曽根政権

サンロケダム事業へのODA拠出見送り

1986.35.
および1987.5.

国会

サンロケダムに関する中曽根−マルコス疑惑を追及

1996.

SSIPM(サンタナイ先住民族運動)

設立、先住民族によるサンロケダムの建設反対運動を展開

1997.10.11

NPCSRPC

電力購買契約の締結

1997.10.29

先住民族権利法の制定(2週間後に発効)

1998.2.

フィリピン環境天然資源省(DENR

環境応諾証明書(ECC)を発行

1998.2.

SRPC

工事着工(サンロケの家屋取り壊し開始)

1998.10.27.

旧輸銀→SRPC

5億ドルの投資金融融資承認(旧輸銀・日本民間銀行団(東京三菱、富士、住友、住友信託、農林中金、さくら、三和)による協調融資)

1999.1.

イトゴン町評議会

17つの条件のもと、プロジェクトを支持

1999.1.

旧輸銀

外部専門家を含んだ調査団をフィリピンに派遣

1999.2.

旧輸銀

融資の一時停止

1999.3.

上流部での社会環境調査終了
上流部の立ち退き世帯が
61世帯に増加

1999.9.22.

旧輸銀→NPC

融資再開
4億ドルのアンタイドローンを承認

2000.5.31.

フィリピン上院

電力購買契約の再検討を促す決議採択

2000.9.

イトゴン町評議会

プロジェクト支持を撤回する決議を可決
(市長拒否権発動)

2000.10.

サン・ニコラス町評議会

プロジェクト支持を撤回する決議を可決
(市長拒否権発動)

2001.1.

イトゴン町評議会

プロジェクト支持を撤回する決議を再度可決

2001.3.

TIMMAWA(下流の農民組織)

設立、ダム建設下流の反対運動が活発化

2001.6.

フィリピン先住民族委員会調査チーム

プロジェクトに対する先住民族の事前合意の有無についてイトゴン町で調査報告書を提出

2001.7.

NPCSRPC

アグノ川下流沿いでの砂金採取を禁止

2001.10.

日本政府

サンロケダム灌漑部門へのODA拠出を見送り

2002.6.

建設工事は約90%まで完了

2002.7.

SRPC

ダム湖への貯水開始を予定

2003.初め

完工、商業運転開始予定

 

現状と問題解決の緊急性

 現在、サンロケダムの建設工事は約90%まで完了しており、国際協力銀行の融資も残すところ約10%となっている。事業者は今年の7月までにダム湖への貯水を開始しようとしているが、一方で、ダムの計画がもちあがった1995年からダムの建設に反対してきた先住民族、また、立ち退きによって苦しい生活を強いられている住民らの懸念は、これまで一向に解消されてきていない。

 このまま貯水が始まってしまえば、問題が解決されないまま終わってしまう可能性は高い。危機感を募らせた住民側は実質的な問題解決が図られるまで、貯水を行わないよい事業者に要求しており、現地の反対運動も一層激しさを増している。

 

プロジェクトの問題点

1.サンロケダム建設地の上流域に住む先住民族の懸念


(略地図)アグノ川流域のダム

◆土砂堆積の問題

 ベンゲット州イトゴン町ダルピリップ村を中心としてアグノ川に根付いた生活を送っている先住イバロイ民族は、川の土砂堆積が悪化することで、先祖伝来の土地が埋まってしまうのではないかという懸念を抱いている。それは、生計手段の喪失、そして自立した地域社会と民族文化の基盤そのものの解体を意味するからだ。

 彼らの懸念は、1950年代、60年代に上流で建設されたアンブクラオダム、ビンガダムという2つのダムによって2度の立ち退きを迫られた経験に基づいている。いずれの場合も、川沿いの先住民族の地域社会は大きな影響を受けることはないと事業者に説明されていたが、ダムの完成後、数年のうちに地域社会は土砂堆積によって家屋や田畑を失うことになったのである。その時、立ち退かざるをえなかった者への補償はいまだに支払われておらず、補償の支払いの責任を負うフィリピン電力公社への不信感が増幅する結果となっている。

◆先住民族の合意と先住民族権利法違反の問題

 フィリピンには先住民族の地域社会へ悪影響をもたらすプロジェクトから先住民族を保護することを明記した国内法『先住民族権利法』が存在するが、サンロケ多目的プロジェクトがその法律に違反して進められているという疑いがある。

 同法では、プロジェクトが先住民族の地域社会に影響を与える場合、その地域社会が「@自由な選択権をもち、A十分な情報を与えられた上で、B事前に」合意することをプロジェクト実施の条件としており、この要件が満たされない場合、プロジェクトを中止する権限を先住民族委員会(NCIP)に認めている。

 ダム上流域の先住イバロイ民族は、計画が明らかになった1996年当初から土砂堆積等への懸念を表明し、プロジェクト反対の姿勢を明らかにしてきた。イトゴン町の先住民族らは、現在も先住民族権利法の要請する「合意」なしにプロジェクトが進められていることを指摘し、NCIPにサンロケダムの建設を中止する権利を行使するよう訴え続けている。2001年6月には、NCIPの共同調査が行われ、「ダム事業の着工以前に必要とされている、影響を受ける先住民族の事前合意はなかった」と記した報告書も出されている。

◆自治体の合意の欠如

 ベンゲット州は、ダム貯水池の予定地に含まれているため、明らかにプロジェクトの影響を受けることになるが、19994月の州議会決議においてプロジェクトへの反対姿勢を明らかにした。現在もプロジェクトの承認決議を可決していない状況が続いている。

 イトゴン町は、建設工事がすでに始まってしまい、事業を止めることは不可能だろうと考えたため、19991月、上流の先住民族の生活に被害を与えないことを条件(「17つの条件」を提示)にプロジェクトに合意した。しかし、20009月、イトゴン町評議会は事業者がこの条件を満たしていないことを理由に、プロジェクトの承認を撤回する決議を行った。この決議は一度、町長により拒否権が発動されたが、翌20011月、評議会は再度その承認の撤回決議をおこなっている。

 以上のことは、いかなる政府事業であっても、影響を受ける当該地方自治体の支持が必要であると定めたフィリピンの国内法『地方自治法(LGC)』にサンロケダムの建設が違反していることを意味する。

    

2.サンロケダム建設地とその下流域への影響

再定住地の生活再建計画の不備

 プロジェクトによって立ち退きを迫られる人々は約741世帯にのぼり、すでにほぼ全世帯が移転を終えている。その多くの人々はこれまで農業と砂金採取で生計を立ててきたため、土地を失い、砂金採りのできなくなった今、生活が非常に困窮してきている。フィリピン電力公社が生活再建計画として行っている技術支援(キルト作りや籠作り)では、生活に最低限必要な収入も得ることはできず、また、材料や市場へのアクセスがないため、それが持続可能な生計手段となる可能性は低い。また、ダム建設現場での雇用も不十分で、深刻な失業問題が起こっている。住民は、この状況の改善を事業者に迫ってきたが、4年間、適切な対応はとられることもなく、住民の苦しい生活は続いている

◆砂金採取禁止による現金収入の喪失

 アグノ川流域はフィリピンの中でも有数の砂金採取場であり、それは流域住民の貴重な現金収入源であった。しかし、サンロケダムの建設により下流で砂金採りができなくなってしまうことは住民に適切に伝えられてこなかった

 20017月、事業者がダム建設地およびその周辺での砂金採りを禁止し、砂金採りを行う住民の道具を没収する旨の警告を出した際、住民らは「砂金活動ができないのであれば、ダム建設自体に反対する」と表明。しかし、この砂金採取の禁止に対する適切な補償や代替の生計手段は住民に提示されることなく、プロジェクトは進んでしまっている。

 

3.プロジェクトの経済効果

 サンロケパワー社(SRPC)とフィリピン電力公社(NPC)の間で結ばれた電力購買契約(PPA)には、SRPCがNPCに発電施設を移管するまでの25年間、SRPCが一定量の電力をNPCに卸し売りすることが記載されている。独立専門家の調査 によれば、SRPCは電力の供給過多や流水量の不足などによる電力の供給停止に左右されず、発電コストとして毎月約1000万ドル以上の固定料金の支払いをNPCから受けることになっており、また、この支払いはフィリピン政府によって保証されているということだ。この高い発電コスト によってフィリピン政府および消費者に大きなリスクがかかることが懸念されている 。

 サンロケダム事業に代表されるような民間セクターとフィリピン政府との間で結ばれてきた不当な電力購買契約については、現在、フィリピン国全体で議論が巻き起こっている。実際すでに、電力売買調整費用として消費者一人一人に負担がかかっており、、市民の電力料金は2倍にまで引き上がっている。

 また、電力供給過剰(40%)の状態にあるフィリピンにおいて、民間セクターによる発電は必要とされておらず、このような背景からも、サンロケダム事業自体の必要性には疑問が提示されている

 

4.円借款および輸出信用における日本政府の政策の矛盾

 サンロケダムの建設計画はマルコス政権により70年代後半から準備が進められ、80年代前半、日本へ政府開発援助(ODA)の要請が来た。これを受け、当時の中曽根政権は、旧海外経済協力基金(現JBIC)からの資金供与を検討。しかし、国会 で当時のマルコス大統領、中曽根総理、丸紅、鹿島建設の汚職などが非常に大きな問題となり、結局、ODAの供与は見送られることとなった。このダム計画に関してはアジア開発銀行も融資を見合わせたといわれている。しかし、98年になって旧日本輸出入銀行(現JBIC)の投資金融という形で日本による融資が決定。途上国で多大な社会環境被害をもたらず事業が開発援助案件として敬遠される中、援助機関に代わって民間セクター主導によってこうした事業が進められ、旧日本輸出入銀行などの輸出信用機関によって事業の支援が行なわれている。サンロケダム事業はその典型的な事例といえる。

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