サンロケ多目的ダムプロジェクト San Roque Multipurpose Project フィリピン:サンロケ多目的プロジェクト
●プロジェクトの概要と日本の関わり フィリピンのルソン島北部を流れるアグノ川で、アジアでも最大級の規模を誇る巨大ダム「サンロケ多目的ダム」の建設が進んでいる。ダムの主要な目的には345MWの水力発電が掲げられており、鉱山採掘や輸出農業、輸出工業、観光業等の経済開発を推進しようとするフィリピンの国家最優先プロジェクトとなっている。水力発電のほかには、下流に広がるパンガシナン平野87,000haの灌漑、また洪水の制御等の役割が期待されている。
プロジェクトを実施するサンロケパワー社(SRPC)は、総合商社の丸紅(出資比率42.45%)、アメリカのサイスエナジー社(50.05%)、そして関西電力(7.5%)が共同出資してつくった現地法人である。25年間 にわたって発電事業をおこない、一定量の電力をフィリピンの国営企業であるフィリピン電力公社(NPC) に卸し売りする(電力購買契約)。
●これまでの経緯(略年表)
●現状と問題解決の緊急性 現在、サンロケダムの建設工事は約90%まで完了しており、国際協力銀行の融資も残すところ約10%となっている。事業者は今年の7月までにダム湖への貯水を開始しようとしているが、一方で、ダムの計画がもちあがった1995年からダムの建設に反対してきた先住民族、また、立ち退きによって苦しい生活を強いられている住民らの懸念は、これまで一向に解消されてきていない。 このまま貯水が始まってしまえば、問題が解決されないまま終わってしまう可能性は高い。危機感を募らせた住民側は実質的な問題解決が図られるまで、貯水を行わないよい事業者に要求しており、現地の反対運動も一層激しさを増している。
●プロジェクトの問題点 1.サンロケダム建設地の上流域に住む先住民族の懸念
◆自治体の合意の欠如 ベンゲット州は、ダム貯水池の予定地に含まれているため、明らかにプロジェクトの影響を受けることになるが、1999年4月の州議会決議においてプロジェクトへの反対姿勢を明らかにした。現在もプロジェクトの承認決議を可決していない状況が続いている。 イトゴン町は、建設工事がすでに始まってしまい、事業を止めることは不可能だろうと考えたため、1999年1月、上流の先住民族の生活に被害を与えないことを条件(「17つの条件」を提示)にプロジェクトに合意した。しかし、2000年9月、イトゴン町評議会は事業者がこの条件を満たしていないことを理由に、プロジェクトの承認を撤回する決議を行った。この決議は一度、町長により拒否権が発動されたが、翌2001年1月、評議会は再度その承認の撤回決議をおこなっている。 以上のことは、いかなる政府事業であっても、影響を受ける当該地方自治体の支持が必要であると定めたフィリピンの国内法『地方自治法(LGC)』にサンロケダムの建設が違反していることを意味する。
2.サンロケダム建設地とその下流域への影響 ◆ 再定住地の生活再建計画の不備 プロジェクトによって立ち退きを迫られる人々は約741世帯にのぼり、すでにほぼ全世帯が移転を終えている。その多くの人々はこれまで農業と砂金採取で生計を立ててきたため、土地を失い、砂金採りのできなくなった今、生活が非常に困窮してきている。フィリピン電力公社が生活再建計画として行っている技術支援(キルト作りや籠作り)では、生活に最低限必要な収入も得ることはできず、また、材料や市場へのアクセスがないため、それが持続可能な生計手段となる可能性は低い。また、ダム建設現場での雇用も不十分で、深刻な失業問題が起こっている。住民は、この状況の改善を事業者に迫ってきたが、4年間、適切な対応はとられることもなく、住民の苦しい生活は続いている。
◆砂金採取禁止による現金収入の喪失 アグノ川流域はフィリピンの中でも有数の砂金採取場であり、それは流域住民の貴重な現金収入源であった。しかし、サンロケダムの建設により下流で砂金採りができなくなってしまうことは住民に適切に伝えられてこなかった。 2001年7月、事業者がダム建設地およびその周辺での砂金採りを禁止し、砂金採りを行う住民の道具を没収する旨の警告を出した際、住民らは「砂金活動ができないのであれば、ダム建設自体に反対する」と表明。しかし、この砂金採取の禁止に対する適切な補償や代替の生計手段は住民に提示されることなく、プロジェクトは進んでしまっている。
3.プロジェクトの経済効果 サンロケパワー社(SRPC)とフィリピン電力公社(NPC)の間で結ばれた電力購買契約(PPA)には、SRPCがNPCに発電施設を移管するまでの25年間、SRPCが一定量の電力をNPCに卸し売りすることが記載されている。独立専門家の調査 によれば、SRPCは電力の供給過多や流水量の不足などによる電力の供給停止に左右されず、発電コストとして毎月約1000万ドル以上の固定料金の支払いをNPCから受けることになっており、また、この支払いはフィリピン政府によって保証されているということだ。この高い発電コスト によってフィリピン政府および消費者に大きなリスクがかかることが懸念されている 。 サンロケダム事業に代表されるような民間セクターとフィリピン政府との間で結ばれてきた不当な電力購買契約については、現在、フィリピン国全体で議論が巻き起こっている。実際すでに、電力売買調整費用として消費者一人一人に負担がかかっており、、市民の電力料金は2倍にまで引き上がっている。 また、電力供給過剰(40%)の状態にあるフィリピンにおいて、民間セクターによる発電は必要とされておらず、このような背景からも、サンロケダム事業自体の必要性には疑問が提示されている。
4.円借款および輸出信用における日本政府の政策の矛盾 サンロケダムの建設計画はマルコス政権により70年代後半から準備が進められ、80年代前半、日本へ政府開発援助(ODA)の要請が来た。これを受け、当時の中曽根政権は、旧海外経済協力基金(現JBIC)からの資金供与を検討。しかし、国会 で当時のマルコス大統領、中曽根総理、丸紅、鹿島建設の汚職などが非常に大きな問題となり、結局、ODAの供与は見送られることとなった。このダム計画に関してはアジア開発銀行も融資を見合わせたといわれている。しかし、98年になって旧日本輸出入銀行(現JBIC)の投資金融という形で日本による融資が決定。途上国で多大な社会環境被害をもたらず事業が開発援助案件として敬遠される中、援助機関に代わって民間セクター主導によってこうした事業が進められ、旧日本輸出入銀行などの輸出信用機関によって事業の支援が行なわれている。サンロケダム事業はその典型的な事例といえる。 |