年賀状から始まった相次ぐエコ偽装。私たち消費者の善意の行動を裏切る大変残念な事態です。
3月28日に製紙業界から発表されたこれまでの偽装古紙の累積総量はパルプ換算で約490万トン。FoE Japanの試算では、原木材積に換算すると約2450万m3、国産材の年間総生産量を4割も上回る量になります。また日本の製紙原料の最大の供給地である豪州タスマニア州の天然林に換算すると、東京ドーム1万1千個を越える広さから伐採された木材が再生紙に使われていたことになります。
3月21日、環境省グリーン購入法検討会が、この問題について関係者からの意見を徴収するヒアリングを開催しました。これに出席したFoE
Japanは、以下の要望書を提出し、一連の事件に対して厳格な法的処分を速やかに実施することや、紙の生産・消費のあり方を抜本的に見直しするよう強く求めました。
2008年3月21日
環境省大臣 鴨下 一郎 殿
古紙偽装問題に関連した政府への要請
私たちは、責任ある木材・紙の購入を通じて森林資源の枯渇を食い止めるための活動を推進してまいりました。私たちの活動の重要な柱の一つは、グリーン購入を通じて木材・紙の調達モデルを構築することでした。
しかるに先般の古紙偽装問題を契機として、グリーン購入法に対する国民の信頼は著しく損なわれ、また紙原料の枯渇は私たちが認識していた以上に深刻な問題であることが明らかになってきました。一方で、海外においては大規模産業植林が引き起こす新たな環境社会問題も懸念されているところであります。
グリーン購入法の信頼性と実効性を高め、世界の森林資源の保全を消費側から推進し、ヨハネスブルグ地球サミットで合意した「持続可能な生産・消費」を早急に実現するために、以下の改善策を導入するよう要望いたします。
A: グリーン購入法の見直しに関して
1) 国・環境省は3R推進の観点からグリーン購入のありかたを見直し、リサイクルの推進(Recycle)に優先して国内全体での消費需要の総量削減(Reduce)という原則を打ち出し、環境政策・制度に組み込むこと。例えば、紙製品に対する課税をして、税収を林地残材搬出費に補助するなど、経済的手法を用いて我が国資源消費の総量抑制に真剣に取り組むこと。
2) グリーン購入法対応製品の判断基準への適合を確認するため、書類のみの確認のみならず、調達者である国の責任において抜き取り調査等により、(古紙配合率など)法の求める実際のパフォーマンスの確認を実施すること
3) 調査の結果、違反が見られた際には業者に指導するとともに速やかにウェブサイトで公表すること
4) 悪質な場合、偽装を行った企業の法的責任を速やかに問えるよう同法および関連法を整備すること
B: 同法における用紙の扱いに関して
5) 徹底した紙の需要抑制策の上で、限られた原料資源の中での用紙種類ごとに最適の基準を設定する。古紙原料は引き続き最大限利用したうえで、海外原料を抑制し、間伐材・林地残材などの国内人工林原料を活用すること
6) 今後製造・販売する再生紙で偽装が行われないようにするため、古紙・バージン原料の投入量に関する情報を、製品、工場、会社単位で公開させること
7) 紙の基準の見直しに関しては、国際的な森林保全や古紙リサイクルに取り組んできたNGOや市民団体を検討委員会に参加させること
C: 製紙メーカーの「オフセット」対応について
本項目につきましては、一義的には製紙各メーカーの責任において行われるものですが、貴省もグリーン購入法の「当面の対応策」に基づきご指導されることと存じますので、下記につき要請させていただきます。
・ 植林は生物多様性の破壊や地元社会との紛争などを引き起こすケースも多く、環境社会影響面での検討を十分行うこと。また、海外産業用植林は、製紙メーカーにとっては通常のビジネスの一環として行われているものであり、代替措置としては不適切であるため、対象としないこと。
・ 環境代償措置の内容については、製紙メーカーは今後とも情報公開を行い、森林や古紙問題に取り組むNGO等の市民社会と十分な対話を行っていくべきである点に留意すること。
意見提出者:
岡崎時春、中澤健一〔国際環境NGO FoE Japan〕
満田夏花、坂本有希〔(財)地球・人間環境フォーラム〕
要請の背景
1.グリーン購入法のあり方について
環境に配慮した物品の購入を促すグリーン購入法では、国等の機関により調達される物品に関して基準を設けていますが、基準を満たしているかどうかは全て業者の自主申告に依存しています。木材生産国に蔓延する違法伐採問題に加え、需要国である日本の業界に偽装問題が蔓延する状況下で、自主申告に過度に基づく制度を継続しても、グリーン購入法の趣旨は達成されないと考えざるを得ません。性善説にたった制度によりトップランナーを育てる施策とともに、悪質な業者の抜け穴をしっかり塞ぐ施策は不可欠と考えます。
グリーン購入法では自治体や事業者、国民への取組みも推奨しており、同法の基準は多くの企業や自治体のグリーン購入でも参照されている、非常に影響力の大きいものです。この制度が自主申告に依存したままならば、抜け駆けした供給業者による偽装の環境配慮物品が横行し、公正な競争環境がゆがめられ、環境配慮に真摯に取り組む企業の競争力を低下させることになりかねません。実際に木材業者の中には「正直者は馬鹿を見る」とこの制度の形骸化を指摘する声が出ています。このような状況では、環境問題の実質的な改善につながらないどころか、多くの事業者や消費者の環境配慮行動を裏切り、国民全体の環境マインドを冷やす事になってしまいます。
2.用紙基準と古紙・バージン原料について
今回の偽装事件を受けて、今後見直されるグリーン購入法の用紙基準では、古紙配合率を引き下げるのではないかと懸念されますが、安易にバージン原料の使用を増加させれば、世界の森林資源に対して更なる圧力を与えることとなります。
世界は既に食糧生産のための土地さえも十分に確保できなくなっていますが(*1) 、製紙用原料のための産業用植林地の拡大は、残された天然林の開発を直接的・間接的に促すことにつながっています。若い森林が増えればCO2吸収に貢献できると考える向きも有りますが、炭素蓄積の大きな成熟林が失われていくことは、大量の炭素が大気中に放出されることを意味します(*2)
。
また、森林の価値はCO2の吸収量だけで見るべきではありません。とりわけ原生的森林が有する生態系の多面的な価値は、大規模な皆伐によって一度失われてしまうと、元に戻るまでに数百年以上の年月を必要とします。製紙用の産業植林地は製紙メーカーが自ら「ツリーファーム」(木材農場)と呼ぶように、その生物多様性は原生林より著しく劣ります。また、各地で気候変動に伴う旱魃や急速な工業化に伴う水資源の逼迫が懸念されるなか、製紙原料の約9割を輸入に依存(*3)
し続けることは、生産地の水資源に対して大きな責任を伴うことになります。さらに、製紙用産業植林を巡っては、地元住民と土地の利用権や環境破壊に伴う対立が生じるケースもあります。その一方で、国内に大量に存在する人工林資源を放棄したまま利用しない状態は、極めていびつな状況です。
今回の偽装事件は、様々な要因が複雑に絡み合って生じたものと考えられます。新興国の著しい経済成長に伴い製紙原料への世界的需要が拡大、古紙原料の中国向け輸出も急増し(*4)
、国内では古紙資源が逼迫しています(*5) 。一方、国内でも電子情報の飛躍的な増大に伴い、コピー機やプリンターの高性能・高機能化と家庭への普及によって、コピー用紙(PPC用紙)の需要は増加し続けています(*6)
。高画質・カラー化に伴う発色性能や、プリンターメーカーからの品質要求も高まっています。この状況に、紙製品の市場価格の低迷が重なり、自主申告で通用するグリーン購入法の欠陥を突く形で、偽装再生紙が出荷され続けてきたわけです。
従って、今回の偽装問題は、製紙会社の責任は免れませんが、製紙会社だけを悪者に仕立て上げたところで本質的な問題は解決できないでしょう。世界的な用紙需要の増大と原料の逼迫が予想されている中、紙の需要を増やし続けてきた日本社会全体にも責任があります。もはや単に個別製品ごとに環境基準を設けるだけでは限界があることは明らかです。今こそ、行政・産業・NGO・消費者が知恵を出し合い、日本社会全体として紙の需要抑制に向けての取組を開始することが求められてきています。今回の問題を契機に取組を開始することは、長期的に必要とされる低消費型社会のモデルを構築することとなり、有意義であると考えております。
脚注:
*1 世界の耕地面積は2002年時点で15億4000万haで60年代初頭の約14億haから微増に留まる。穀物収穫面積でみても、1970年代の7億2400万haから2003年には6億4580万haまで減少している。原因は、肥沃な農地の減少、砂漠化・塩害、土壌保全措置に伴う不耕作地の増加、工業用地や宅地への転換など。(柴田明夫「食料争奪」、日本経済新聞社、2007年7月)
*2 「木は二酸化炭素を非常に長い時間をかけて吸収する。木を切ることで急激に排出される二酸化炭素を全て回復するために新たに木を育てるとなると、1世紀やそれ以上かかる。つまり、森林減少を減らす政策の方が、排出を抑制するという目的からすると、新規植林や再植林に比べて、より生産的である」と指摘。(ニコラス・スターン、「スターンレビュー」、2006年10月)
*3 かつて4割程度あった製紙用木材自給率は、2004年に外材3318万立方メートルに対し、国産材はわずか443万立法メートルで、自給率は12%(林野庁「木材需要(供給)量の推移」)
*4 日本製紙連合会の資料によると、古紙の輸出は中国向けを中心に2001年以降急増。古紙の全輸出量は2000年の37万2千トンから2006年には388万7千トン(中国向け82.1%)と10倍にも達している。
*5 同じく日本製紙連合会の資料によると、国内の古紙回収率は2002年の66%から2006年には72.4
%に増加している。この間の紙消費量は32百万トンと横ばいであることから、回収量は同期間に200万トン増加 しているが、この回収増加分全てが中国に向けられている勘定となる。
*6 PPC用紙の国内供給量(生産量+輸入量)は、2002年に比べ2006年は20%増加している。(経済産業省「平成18年
紙・パルプ統計年報」、財務省「貿易統計」より)
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