タスマニア州の森林には固有種が多く、温暖多雨な気候もあって独特の生態系を成しており、世界的に見ても生物多様性の価値が非常に高い地域であるとされています。そのためUNESCOの世界遺産にも指定されており、オーストラリア人にとって掛け替えの無い場所です。しかし、同州における天然林伐採の約半分は皆伐によるもので(*4)、生産された製紙用材の大部分は日本向けに輸出されています。これまでの森林開発により多くの種が絶滅の危機にさらされており、2006年12月には、林業生産が絶滅危惧種ヘの保護対策を十分に取っていないとして、環境保護・生物多様性保全法(EPBC1999)に違反であるとの判決も下されています(*5)。グリーン購入法では2006年度より、木材原料については伐採時の合法性が求められるようになりましたが、古紙の代わりに使用されていたバージン原料に違法原料が混入していた可能性もあることになります。
グリーン購入法の用紙基準をめぐっては昨年、製紙業界による働きかけによって古紙配合率の基準を緩和させようとの動きがありました。しかし、配合率を引き下げて安易にバージン原料の使用を増加させれば、世界の森林資源に対して更なる圧力を与えることとなります。「植林によって若い森林が増えればCO2吸収に貢献できる」と考える向きも有りますが、植林のために炭素蓄積の大きな成熟林を伐採することは、すなわち排出される炭素量も大きくなることを意味します(*6)。また、森林の価値はCO2の吸収量だけで見るべきではありません。とりわけ原生的森林が有する生態系の価値は、大規模な皆伐によって一度失われてしまうと、元に戻るまでに数百年以上の年月を必要とします。
今回の偽装によって使用されなかった古紙配合率の乖離分をオフセットするために、ペナルティとして用紙の納入業者や製紙会社に植林をさせようとの意見が、環境省の有識者検討会(1月29日開催)等で出ていますが、製紙用の産業植林地は製紙メーカーが自ら「ツリーファーム」(木材農場)と呼ぶように、その生物多様性は原生林より著しく劣ります。また、世界は既に食糧生産のための土地さえも十分に確保できなくなっていますが(*7)、製紙用原料のための産業用植林地の拡大は、バイオ燃料の生産拡大も加わり、残された森林の開発を直接的・間接的に促すことにつながっています。また、各地で気候変動に伴う旱魃や急速な工業化に伴う水資源の逼迫が懸念されるなか、バーチャルウォーター(仮想水)を伴う製紙原料の約9割を輸入に依存(*8)し続けることは、生産地の水資源に対して大きな責任を伴うことになります。さらに、製紙用産業植林を巡っては、地元住民と土地の利用権や環境破壊に伴う対立が生じているケースもあります。再生紙の偽装問題に対しては、植林による安易な「オフセット」ではなく、偽装が生まれた本質的な要因を直視して対応をするべきです。
今回の偽装事件について、各メーカーともその原因として要求品質に対する技術的な限界を理由として挙げていますが、実際には様々な要因が複雑に絡み合って生じたものと考えられます。近年の新興国の著しい経済成長に伴い製紙原料への需要が拡大、古紙原料の中国向け輸出も急増し(*9)、国内では古紙資源が逼迫しています(*10)。一方、インターネット等の電子情報の飛躍的な増大に伴い、印字出力用のコピー機やプリンターの高性能・高機能化と家庭用プリンターの普及によって、国内でもPPC用紙の需要は増加し続けています(*11)。高画質・カラー化に伴う発色性能や、ユーザーからクレームを避けたいプリンターメーカーからの品質要求も高まっています。その一方でPPC用紙は日常の業務や生活で最も良く使われる紙製品であることから、古紙配合という環境性能も最も高く求められる象徴的な製品でもあったわけです。この状況に、国内製紙メーカーの過当競争とマーケットのデフレに伴う紙製品の市場価格の低迷が重なり、自主申告で通用するグリーン購入法の欠陥を突く形で、偽装再生紙が出荷され続けてきたわけです。
今回の偽装問題は、製紙会社の責任は免れませんが、製紙会社だけを悪者に仕立て上げたところで本質的な問題は解決できないでしょう。世界的な用紙需要の増大と原料の逼迫が予想されている中、これに対処しないままPPC用紙の需要を増やし続け、古紙配合率のみで環境配慮に満足していた行政や複写機・プリンターメーカー、私たち消費者にも責任があります。もはや単に個別製品ごとに環境基準を設けるだけでは限界があることは明らかです。国・環境省はグリーン購入法のありかたを見直し、国内の用紙需要の削減自体を制度に組み込むことを前提とし、限られた原料資源の中での最適の用紙別基準を検討するべきです。その上で、同法の形骸化を防ぐために、自主申告に依存した制度ではなく、国の責任において対応製品を厳正にチェックし、違反に対する罰則措置を設けなければなりません。また、CSR優良企業として評されるリコー、富士ゼロックス、キャノン、エプソンなど複写機・プリンターメーカー各社は、これまでのビジネスモデルにとらわれず、ペーパーレス社会に向けて紙の需要抑制に真剣に取り組むことが真の社会的責任であるはずです。
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森林プログラム 中澤・三柴
〒171-0014 東京都豊島区池袋3-30-8 みらい館大明1F
TEL 03-6907-7217/FAX 03-6907-721
脚注
1 |
「弊社製品に関する社内調査結果について」(日本製紙株式会社、2008年1月16日)、「古紙配合率に関する調査結果について」(王子製紙株式会社、同1月18日)、インクジェット年賀はがき用紙並びに全製品の古紙配合率について(大王製紙株式会社、同1月18日)、「古紙配合率に関するご報告について」(三菱製紙株式会社、同1月18日)、「弊社再生紙製品に関する社内調査結果について」(北越製紙株式会社、同1月18日) |
2 |
中日新聞1月17日、産経新聞1月26日など |
3 |
タスマニア林業公社(Forestry Tasmania)の2006-2007年の年次報告書によると、天然林伐採地域は、皆伐、部分伐採、間伐を含めて
1万1500haで、生産された広葉樹パルプ材は、2,136,687トン。 |
4 |
タスマニア州森林施業局(Forest Practices
Authority)のThe Annual Report of the Forest Practices Authority
2006-07によると、州有林の天然林の1万4810haの面積のうち、部分伐採7,576haで、7,234haが皆伐。 |
5 |
2006年12月19日、オーストラリア連邦裁判所は、タスマニアの州有林を管理するタスマニア林業公社(Forestry
Tasmania)に対して、絶滅危惧種に対して重大な影響を与えているとして、同州ウィーランタ(Wielangta)地域での州有林伐採事業の差し止め判決が下された。(川上
豊幸〔RAN日本代表部〕、フェアウッドマガジン22号、2007年1月) |
6 |
「木は二酸化炭素を非常に長い時間をかけて吸収する。木を切ることで急激に排出される二酸化炭素を全て回復するために新たに木を育てるとなると、1世紀やそれ以上かかる。つまり、森林減少を減らす政策の方が、排出を抑制するという目的からすると、新規植林や再植林に比べて、より生産的である」と指摘。(ニコラス・スターン、「スターンレビュー」、2006年10月) |
7 |
世界の耕地面積は2002年時点で15億4000万haで60年代初頭の約14億haから微増に留まる。穀物収穫面積でみても、1970年代の7億2400万haから2003年には6億4580万haまで減少している。原因は、肥沃な農地の減少、砂漠化・塩害、土壌保全措置に伴う不耕作地の増加、工業用地や宅地への転換など。(柴田明夫「食料争奪」、日本経済新聞社、2007年7月) |
8 |
かつて4割程度あった製紙用木材自給率は、2004年に外材3318万立方メートルに対し、国産材はわずか443万立法メートルで、自給率は12%(林野庁「木材需要(供給)量の推移」) |
9 |
日本製紙連合会の資料によると、古紙の輸出は中国向けを中心に2001年以降急増。古紙の全輸出量は2000年の37万2千トンから2006年には388万7千トン(中国向け82.1%)と10倍にも達している。 |
10 |
同じく日本製紙連合会の資料によると、国内の古紙回収率は2002年の66%から2006年には72.4%に増加している。この間の紙消費量は32百万トンと横ばいであることから、回収量は同期間に200万トン増加
しているが、この回収増加分全てが中国に向けられている勘定となる。 |
11 |
PPC用紙の国内供給量(生産量+輸入量)は、2002年に比べ2006年は20%増加している。(経済産業省「平成18年
紙・パルプ統計年報」、財務省「貿易統計」より) |